数珠、念珠:仏さまを礼拝するときの法具
   数珠は、仏さまを礼拝するとき、手にかける最も身近な法具の一つであり、一般に広く普及しています。ズズとも発音し、珠数と書いたりします、また念珠(ねんじゅ)ともいわれます。それは、念仏を唱えるとき、一声ごとに一玉操って、何回となえたかを数えることに用いたからです。
 つまり、数珠は珠をくって、仏さまや菩薩(ぼさつ)を念ずる法具といえます。常にこれを持って仏さまを念じておれば、煩悩(ぼんのう)を消滅し、功徳(くどく)をえるといわれています。その種類は、宗派によってちがっており、七十種類もあるようです。
 数珠をもつことによって、功徳があるということでは、次のような説話(言い伝え)が『木(もくげんじ)経』に説かれています。
 お釈迦さまが霊鷲山(りょうじゅせん)に居られたとき、ハリル国の王さまが、自分の国は小さく、辺境の地で盗賊が絶えず出没し、疫病もはやり、人民は非常に苦しんでおります。そこで、この苦しみから救われるよう、自分たちにも修行のできる教えを説いてください、とお釈迦さまにお願いしました。
 すると、お釈迦さまは、(もくげんじ)の実百八個を通して環をつくり、これを常に身体からはなさず、心から仏さまの御名を唱え、一つずつ繰っていきなさい。それが二十万遍になったとき、心身に乱れがなくなり、人々の心も自然と安楽になり、国家も安泰になります。さらに百万遍になったとき、人間のもつ百八の煩悩も断ち切ることができると説かれ、一つの数珠を授けられました。
 王さまは、早速、の実で千連の数珠をつくり、六親眷属(ろくしんけんぞく)に分け与えました。王さまも、常に数珠を手にして、仏さまの御名を誦念しましたところ、国は次第に安定し、王さま自身は仏道を成ずることができたといわれています。
 数珠をもつことは、これほど功徳が多いといわれているのです。

 数珠の珠(たま)の数は、百八個が基本とされ、多いものには千八十あり、少ないものは五十四、四十二、二十七、二十一、十四のものがあります。宗派によっては三十六玉、十八玉のものも用いております。
 数珠玉のうち、房(ふさ)の付いているT字形の穴のあいている玉が親玉といわれ、これが数珠の中心です。主玉の百八個の玉は、百八の煩悩を意味しております。菩薩の修行の過程を意味しているともいわれます。
 主玉の間にある小玉や、房についている小玉など小さい玉には、四天、四菩薩、弟子玉、記子玉、などの名があり、弟子玉の下についている露型の玉は記子止(きしどめ)、露玉(つゆだま)と呼ばれ、また親玉のすぐ下、表房の一番上にある玉は浄明(じょうみょう)(浄名)といわれます。
 
数珠、念珠:数珠の形式
   数珠の形式は、宗派によって多少の違いはありますが、今日一般に使われているものは、百八個の主玉(子珠ともいいます)と、二個の親玉(母珠ともいいます)をつなぎ、親玉の片方に、記子二十個、記子二個、浄明一個をつけ、他方の親玉には房だけをつけます。
 また、記子(玉)のついた方から、主玉七個めの次と、二十一個めの次に、主玉よりもやや小さい玉を入れ、これを四天と呼びます。以上の形にできている数珠は二輪にして使用します。
 略式として一輪のものもあります。これは礼拝用として携帯に便利です。
 
数珠、念珠:宗派による数珠の違い
 

 真言宗――真言宗で用いる数珠は、その形から振分(ふりわけ)数珠とも呼ばれ、真言宗以外でも用いるので八宗用ともいわれます。寺院用には、五十四個玉の半繰(はんくり)念珠があり、在家用としては、形の小さな菊房のものが一般に用いられています。
 浄土宗――浄土宗では、輪違いの数珠が多く用いられます。二つの輪違いのものに丸カンが付いている日課念仏用の繰り念珠です。在家用としては、片手数珠が多く用いられています。
 浄土真宗――基本の形は、浄土宗と同じですが、裏房の結び方”蓮如結び”と呼ばれる独特のものとなっています。在家用も基本は同じで、寸法で決められており、玉の数は制限がないという特徴があります。
 日蓮宗――日蓮宗で現在用いられている形は、室町時代あたりから採られたものといわれております。以後これが、日蓮宗各派で用いられているものの基本となりました。在家用のものも基本は同じです。
  禅宗各宗――臨済宗・黄檗宗では、装束数珠は古い形の同じものが用いられております。曹洞宗では、親玉・向玉・四天の間に主玉が十八個ずつ通してあります。在家では、八宗用数珠、片手数珠が用いられております。
  天台宗――天台宗で用いられているのは、多く平玉です。主玉百八個、親玉一個、四天四個でつくられます。房は、片手に十個の丸玉、片手に平玉二十個がつけられています。これを「とう・にじゅう」とも呼びます。