法事をつとめる:法事は、なぜつとめる
 
 亡き人をしのぶ心情ほど、人間的・宗教的な心の動きはありません。体、人間とは一人では生きて在(あ)りえない存在なのです。意識する、しないにかかわらず、いろんな方々のおかげによって、はじめて生きてゆけるのです。人から愛され、また人を愛してこそ、人と人との関係が成り立ち、自分をふくめての人の社会が成り立っているわけです。これが仏教でいうところの「縁(えにし)」というものです。
 だから愛する人や、身近な人を失うほど、人間にとって深刻な打撃はありません。"いつまでも、あなたと共に在(あ)れかし"の願いがくじかれてしまうのですから、嘆きは何にもまして深刻です。
 しかし、そのときにその人は仏さまの世界にいきていくのだと受けとめることが信仰となります。亡き人をしのぶというのは、仏さまの大きな愛(慈(じひ))の世界に往った人を、いまいるかのように思い、永遠の(真実の)幸福を願うことです。それが亡き人の冥福(めいふく)を祈ることであり、追善供養(ついぜんくよう)も、その願いから行われます。
 法事(ほうじ)ということも、仏教を弘め盛んにするための行事を意味するとともに、亡き人の命日(めいにち)に追善供養、追弔(ついちょう)法要を営むことをいうようになりました。だから法事は、仏法実践の一つの道です。亡き人をご縁として真実の教えである仏教に出遇う得がたい機会――それが法事だといえるでしょう。
 但し、真宗では「追善供養」という考え方はありません。亡き人の遺徳をしのび、それを通して仏法を聞(聴)かせて頂くご縁とするのが基本的な法事の考え方です。

 

 
法事をつとめる:年忌・年会のかぞえかた
 
 通夜、葬儀、四十九日(満中陰)、百カ日を終えて、最初に訪れる年忌(ねんき)・年(ねんかい)法要が一周忌です。亡くなってまる一年目の命日です。そしてまる二年につとめるのが、三回忌といいます。次にまる六年目が七回忌、まる十二年目が十三回忌、まる十六年目が十七回忌、まる二十二年目が二十三回忌、まる二十六年目が二十七回忌、まる三十二年目が三十三回忌、まる四十九年目が五十回忌とつづきます。
 また、七回忌からは併修(へいしゅう)といって、複数の故人の年回をあわせてつとめてもかまいません。たとえば、父親の年回と母親の年回が、一、二年のうちにつづく場合、二つの年回を一緒につとめるのです。この場合は、早いほうの命日に合わせるようにします。
(例)
 
 
法事をつとめる:法事の準備
   故人の年忌・年回の法事をつとめることとなったら、まず時期と場所をきめねばなりません。遅くとも、一、二カ月前に所属のお寺のご住職に連絡して、日時・場所・法事の内容について打ち合わせを行っておきます。
 もし法事の場所が自宅でなく、お寺のときには、とくにお寺の指示に従って準備をすすめなければなりません。  自宅で法事をつとめる場合のお仏壇のお荘厳(しょうごん)とお供えは、宗派によってちがいますので、お寺さんの指示を受けるのですが、基本的には、五具足(ごぐそく)にし、平常のお仏飯(ぶっぱん)、茶湯(さとう)などの他に、お華足(けそく)にお餅を盛ってお供えします。おもちは供物としてかかすことのできないもので、法事が終わってから、祖供養の品や、お供物の下がりと一緒に、少しずつ配って持って帰ってもらいます。
 だから、お餅の分量は、この点を考慮に入れて注文しておく必要があります。おもちや果物のほか、真宗以外では、精進料理(しょうじんりょうり)の霊膳(れいぜん)をお供えします。
 なお、お仏壇の前卓(まえじょく)には、法事の際は打敷(うちしき)をかけることとなっております。

<法事案内状 文例>
 前文………。
 さて、今年○月○日亡母・○○の○回忌を迎えますので、来たる○月○日午前十一時から××寺様におこしいただいて、自宅で心ばかりの法要を営みたいと存じます。
 御多忙中のところ恐縮ではございますが、当日ご参拝、ご焼香くださいますようお願い申し上げます。
 なお、法要の後、粗飯(そはん)ではありますが召しあがっていただき、故人の思い出話などでお過ごしくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。
右御案内まで
  平成   年    月    日                      氏   名
                様
敬具